
そして生活もすっかり変わってしまった
実家を建てることになった時
リビングの南側にサンルームを設け
全開放の掃き出し窓を設置した
亡くなった母の希望であり 私の好みだった
その私が全ての窓の遮光カーテンを閉めて
天気のいい日でも朝から電気をつける
私自身がどんなに太陽が苦手であろうが
子供は日光浴がある程度必要である
そのためのお散歩は上の子のお迎え時
私はもちろん重装備
長袖、長ズボン、手袋
日傘、帽子、サングラスにマスク
いつも全身黒ずくめだから
子供たちは「魔女」みたい と
そのころ まだコロナなんてなかった
だから周りの視線がかなり痛かった
太陽から自分を そして目を守るため
二度見三度見する人に構ってられない
その代わり 雨の日はお祭り騒ぎ
どこに遊びに行くか
子供達には楽しみな「雨の日」
ママと遊びに行ける日
そう 太陽のない日は特別だった
左目が見えないことは
さほど生活に支障はなかった
見えなくなっていることに
気づかなかったことも納得する
だが やはり左側の不安が一気に出て
人が左側にいることが異常に嫌になった
強いて言えば 自損の車の事故は増えた
相手は縁石だったり 車止めだったり
ほんの少しの細かい調整が下手になった
他人を巻き込まないのは唯一の救い
そして終いには 車を買い替える時
中古の安い最低限の車にした
そう ぶつけてもいいように
そして 自分の城に籠った
自分の好きな人だけがいる
自分の安全地帯に
そして 自分たちの生活をする
それは良くもあり悪くもあるのだが
それが精一杯だった
今思えば 子供達にとっては
決して健全な生活ではなかったと思う
太陽を避けると日没以降が良かったし
昼間よりも夜の方が目にも運転が楽だった
そのため出かけるのは
雨の日か夕方以降
普通の家では20時は就寝前だが
夕方に出かけると閉店前の時間
そのため少し生活時間がずれ
少しお寝坊一家となった
その頃は
すぐにまず左目が見えなくなると思っていた
そしてだんだん右目も… と
だから自分の目が見えているうちに
やってあげたいことを全てやろうと思っていた
いつ片目が全く
そして両目が見えなくなってもいいように
もう二度と後悔しないように
もう二度と
「もしもあの時」なんて思わないように

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