
目が見えなくなったこと
太陽に当たれなくなったこと
起きていられないこと
体調が悪いことは誰にだってあるし
まだ全く見えないわけではない
太陽を避ければいいし
起きられる工夫をすればいい
子供に暗い顔は見せたくないし
こんなことで負けないし がんばろう と
母の闘病も終わり 社会に出て仕事をしたら
少し気持ちが変わるかもしれないと思った
けれど 待機児童で
保育園に子供を預けられない
預けられる親も親戚もいなくて
結局いつになっても社会参加ができない
仕事をしたいのにできないこと
社会参加をしていないことが
社会から ”いらない”
と言われているような気になる
子供を見ていると
いつの間にか全てが子供を中心に動き出す
外界の情報が入ってこないので
思考は子供を通した目線になる
そして 自分のやりたいことは後回しになる
けれど それが自分には少し都合が良かった
自分のことを考え始めると
自分の置かれている状況が耐えられなかった
そして 理不尽さに涙が止まらなくなるから
もし ちゃんともう一回聞いていれば目は…
もし 母が生きていたらもう少し…
もし … もし… …
どうしても考えてしまう
何度も 何度も
どうしようもないのに
けれど
そう考えてしまった後は
決まって思う
「考えてもしょうがない!」
大丈夫! 右目は見えている!
大丈夫! 雨が降ったら出かけよう!
大丈夫! 昼寝をしたら遊びに行こう!
そうやっていつも自分を鼓舞して
大丈夫だと「信じている」と信じていた
けれど 本当はどんどん闇に沈んでいっていた
頑張ろうとすればするだけ
笑おうとすればするだけ
「がんばる」というのは本当は疲れる
がんばれる人は もうがんばっている
がんばってと言われても
そうそうがんばりはきかない
人と会って話せば話すだけ
自分の不甲斐なさに自信をなくし
心配されて笑って跳ね返した分だけ
自分の状況を再認識させられる
そうして
どんどん深みにはまっていった
どちらかというと
家にじっとしていられないタイプだった
天気が良ければ家にいられない
一人で出かけたり 友達に会ったり
けれど ただでさえ
独身の友達とは生活が変わって
話が噛み合わなくなっていたのに
こんなになって余計自信がなくなって
誰にも会えなくなってしまった
会えば会うだけ虚しくなって
無性に孤独を感じてしまう
好奇心の塊と揶揄(やゆ)されていたのに
行きたいところ 見たいもの
食べたいもの 欲しいもの
いつの間にか何にもなくなっていた
元気な時はすごく元気だし機嫌がいい
けれど落ち込んだらしばらくは戻れない
いわゆる出口の見えない「うつ」状態だった
だからと言って籠(こも)っていられない
強制的に子供の行事に連れ出される
それが良かったり悪かったり
けれど もし子供達がいなかったら
今頃この世にいなかったかもしれない
幸せなことに無気力だった私には
「生きる理由」があった
払っても払ってもまとわりつく
子供たちが私を繋ぎ止めてくれる
当たり前のように外で一緒に遊べない
行きたいという海で一緒に泳げない
プールも スキーも…
申し訳ないという思いに
潰れそうになりながらも
本能的な感情で 一日中120%の威力で
ぶつかってくる子供たちとの真剣勝負
毎日が気を抜けないし逃げられない
それが気持ちを紛らわせて
一日一日を消化させてくれた

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