パソコンの画面は2/3|ひとりごと その3

私がパソコンで作業をしている時
作業画面は いつも「画面の2/3」だ

2/3の幅で 文章を書いたり、ネットを見たり
残り1/3はYouTubeだったり、iTunesだったり


作業画面は いつも「フル画面」にしない


左目の視界欠損が見え方の邪魔をする

フル画面にしても見えてる幅が狭く
フル画面は見えにくいのだ

そして 左側を見たあと水平に右を見る
ということがどうも苦手らしい

だから 一段の字の幅は短い方が楽なのだ


Google検索の画面表示も70%くらい
画面の2/3くらいに納まり ちょうどいい

それが 全体を見渡せる幅の限界だ
このくらいの幅が 一番落ち着く

細かいところが見えなくても
全体を見やすい画面サイズ

見えない時は 一時拡大

何故だろうか 
作業面を100%にするのは読みにくい

おそらく 字を見ているというより
なんとなく内容を「感じている」感覚


けれど 周りからすると気持ちが悪いようだ


以前 仕事をしていたところで
上司に内容を確認してもらうたびに

上司は何も言わずに書類を全画面にし
書類サイズも変えて全体を確認し始める

だからと言って 仕事の仕上がりに
間違いがあることはほとんどない

どちらかというと
逆に痒いところまでフォローして120点の出来

そして 確認後は当たり前だが
上司はそのまま退散するのだった


こちらが「見えにくい」とか「見えない」とか
言ったところは覚えていない

普通に生活している「ように見える」から
それを忘れられる


70%と小さくしているのは

全体を見たいからであって

実は見えているわけではなく

ただの都合上だとは知らない

「見て」仕事をしていないので
ちょうど良い感覚が伝わらない

そう いつの間にか「見て」仕事をするより
「感覚」で仕事をするようになっている


たとえ 知っていたところでも
見えているだろうと錯覚されると思う

いちいち説明するのも億劫でそのままにするから
結局いつになっても変わらない


変わることもないと思ったから
言わなかった

特に問題ないからと



けれど 家でも主人に同じようにされて
いよいよ頭にきて言いそうになった

でも良く考えると 主人の理由は「老眼」だ

逆にフル画面で110%くらいにしないと
ちゃんと見えていないのを思い出した

確かにこの方のスマホはすごい
画面に数行しか文がない

どうやって全体を理解しているのか
心配になるほどだ



そこで ふと思った

画面はパーソナルスペースの極みであり
それぞれの聖域なんだと改めて気づいた



現役で仕事をしていた時は
図面を扱っていたのでモニターは二つだった

大きい画面で図面を広げて
もうひと画面で文書、スケジュール、メールなど


そうか 
私は全体が見えないと嫌なんだ

俯瞰(ふかん)してものを見たいんだな


だから細かいところが見えてなくても
結局は全体を見ようとしてしまうんだと



とらえたい「形」は 人ぞれぞれ

知りたい情報だけあれば良い人もいる
その裏付けがわからないと気が済まない人も

大きいところから入るのか
小さいところから広げていくのか


見たいものの「形」が分かれば
それに合わせて見ればいい

なんて思っていたら
やりたいことも同じかもって思ってきた


今までの動きを止められて
この先の動きが見えなくなっていた

やりたい方向がわからないから
やりたいことが見つからなかった

けれど 今までと見方を考えたら
この先が見えるかもしれないと思った

やりたいことが見つかれば
やりたい方向が分かるかもしれない と


やりたいことは意外とバラバラだ

けれど 
結果一つにまとまればいいだけかもしれない

そうは見えなくてもまとまったり

一つ一つをやった先が
意外と繋がっていったり

そう その一つとして
今日もカタカタ文章を書いてみる

大きなものにつながるように

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