第一章 第六話 デザインをしたいのに「見えない」という葛藤

「見たいものが見えない」

「見えるけれど 見えない」


もし自分が図面を描いたり

現場を見る仕事をしていなかったら

デスクワークが中心の毎日なら
人と向き合ったり 体を動かす仕事だったら


こんなに路頭に迷うことはなかったかもしれない



利き目はかろうじて大体の範囲を見てくれる
本当にこれが私の救いだ


左目が機能していなくても
右目が世界を繋ぎ止めてくれる

けれど

左目の中心がほとんど見えていないことが
視界全体をぼやかし 焦点が合わない


ありがたいことに運転はできる
大きく空間を捉えるから大丈夫だ

けれど

見たいものがあるとき
そのものの細かいティテールが見えない

みているものの中心
まさに焦点が見えないのだ


例えば 

細かい図面を見ようとしたとき
パソコンの画面上で拡大すれば見える

しかし 印刷された紙の状態では
細部が潰れて見えない

布団に横になって本を読もうとすると
よく見えない部分がある

右目だけの方がボケなくて読みやすい とか


右目だけなら見ることができるが
そう 右目も内側が欠け初めている

そして緑内障によって少しずつ
視界の欠落が広がってきている

だからいつまで右目に
期待できるかはわからない


さらに 左目が見えないので
バランスの感覚が掴めない

水平や垂直が見てわからないのだ


右側と左側の高さを比べられない

だから 自分の眉毛の位置さえ比べられない
見えないので眉毛カットができないのだ

壁に絵を飾っても
その絵が曲がっていても直せない



自分の目の症状を認めて
自分ができることをすれば全く問題ない


けれど 

今まで自分の仕事としてやってきた全てが
「見る」ということから始まることばかりだった

図面を描く バランスを見る
現場を見る 全体を見渡してデザインする


見て判断する仕事ばかりだった


見たくても見えないから
いつしか見る行為そのものが苦痛になってしまった

そして気づけば
やりたくないものへ変わってしまった

そしてついに
何をすればいいかわからなくなってしまったのだ



運転はできるのに仕事はできないなんて
出来ることは精一杯やりたいだけなのに

どれだけ見えていないかなんて
他人は知らないから簡単に言う

できないことを認めたくないから
隠して無理をすれば するだけ言葉が突き刺さる

「やればいいじゃない」
「やらないからいけないんだよ」 と


そしてまともに働いていないのを見て
いよいよ周囲から言われ始める

「選り好みをしすぎだ」と


本当は誰も知らないのだ

コードが見えないから
おそらくレジ係の仕事すらできないことを


 
子供ができた時に それまでと価値観が変わった

元々結婚なんてしないつもりだったし
子供なんて絶対欲しくなかった

だから
結婚して子供ができて一気に価値観が変わった

だけど
見えなくなってからは それ以上に変わったのだ


見えなくなって 

自分が関わってきた数々の仕事が
なんて贅沢なことにばかり
浪費する職業なのだろうだと思った


見えなくなった私には

どんなに素晴らしい家に住まおうが
どんなに高価なものに囲まれて暮らそうが

どんなに優雅なひとときを過ごす術だろうが

全くもって意味を持たないものに感じられた


そして

自分が一番大事にしていたはずの
仕事ができなくなって

自分が大事に抱えてきたはずの価値観
その全てが音を立てて崩れていった



視点を変えて 心機一転
自分ができることから始めようと思った

まずは「出来ること」から

そう思って図面を描いているときに
消しゴムを机の隙間に落としてしまった

拾おうと思って覗きこんだけれど
覗いた先が見えない


隙間の暗がりが 見えなかったのだ


そしてまた 自分ができないことを見つける

するとまた自分の無力さに落ち込んで
また一歩も前に進めなくなる

という繰り返しの日々だった



その後 

すぐには新しいことは手につかなかった
何か新しい資格を取る気力も起きなかった

どうしても何ににも興味が持てなかった

好奇心旺盛だったはずの私が
失意の大きさに興味が勝てず 
始めても長くは続かなかった

そして 何もしない日が続いた

たまに頼まれた図面をパソコンで描く
そんな仕事を頭を使わないようにしてただこなしていた


自分がやりたいことが見つからず
その業界から離れようとしたものの

「出来るから」という理由だけで
体が覚えていて「出来ること」をこなした

なんの興味も楽しみもないまま
ただお金のために働いた



できないことを隠しながら
自分の限界を再確認しながら

「出来ること」の中に
これから生きていくための

新しい「自分」を探して続けていた


自分の体調と気力が戻り
世の中が自分の住みにくい環境だらけだと気づいた

できない自分に失望して
自信を持てずに前に進むことができずにいたが

自分の住みたい環境のビジョンが見えて
本当に自分がやりたいことを見つけたのは

それから随分後のことだった

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