音の困りごと〜新しい車はちょっとうるさい〜|ひとりごと その7

最近 車を替えた


「そろそろ替えよう」

少しずつ不安要素が
増えてきて思い立った


目が不自由な私は

運転する時も
全ての感覚を総動員

だから 人一倍
感覚の違和感に敏感だ

始まりは 左後ろからの音
そして アクセルの感覚など


冬には車検もあって
今回はお金がかかりそうだ

そして 
タイヤも

となると

少し足して替えてもいいかな
と思ってしまった



その前の車は
新車で買って長く乗った


長男が産まれた頃
当時お気に入りの「モビリオ」に

チャイルドシートを
二つ乗せていたのだが

まだ闘病中ながらも
元気だった母が

「これじゃ私が乗れないじゃない!」

と言い出して

半分強制的に
一回り大きいミニバンを買わされた


きっかけは母だったのだが
その後も

「僕と同い年だから変えちゃダメ」

という長男に負けて

結局16年間乗り続け
走行キロは27万km程だった

この車を手放した理由は
距離的にもそろそろかな

ということと
いろいろとぶつけていたからだ



目が不自由になって
一時はほとんど乗らなかったが

少しずつ乗るようになった時に
どうしても感覚がズレていた


運転も得意なほうだったし
仕事で大小のトラックも運転した

その習慣で
ついギリギリを攻めてしまう

すると

「ガリッ」とか

「ドン」とか

いつも決まって見えない左側
気づくと何かにぶつけてしまう

他人を巻き込むことはなかったが
たくさんの「自損」をした


そして

全然問題なくまだ乗れたが
もう少し安心できて新しめの

「ぶつけても気にならない車」

と安価な中古車を買ったのが
今までの車だ


この車では

3度も北海道に行ったし
予定外に九州にも行った

十分運転にも慣れていたが
お年を召して不安が出てきた


ということで

今回も不安を解消すべく
大事な私の「翼」を更新した


ぶつけても
自信が無くならないように

あくまでも良心が傷まない
程よい「中古車」を購入した


資材を積みたいのもあって
この車を買ったのだが

その話は また軌道に乗ったら
別の機会に

そして そして

ここで本題の
新しい車の 「困りごと」


初めてこの車を見た時
運命を感じるくらい良かったのだ

運転席に乗ってみた触感
車内の空気感

目前に控えた「紀伊旅行」が
すんなりイメージできたので

不慣れな車でのすぐの遠出も
全く不安はなく出発できた


ところが

イメージしたよりも騒々しい

時々最新のプリウスなど
運転していたものの

会社が違えば勝手が違うが
それにしてもだった


目的地までのナビは
必ず消音にする私には

道路状況の案内ナビ
合流分岐の案内も逐一

高速で車線を踏んだと注意
速度探知機の位置の報告まで


音楽を聴いていても
全くもって楽しめない

ナビちゃん話しすぎ


駐車する時の警告音もだが
車にものが接近した報告音

ギリギリ通る人などに反応した
思いがけない音にドキッとする

だから

車内も運転も超快適なのだが

今まで以上に
「音」に疲れる


教えてくれるのは有り難いが
急に鳴るのは驚いて疲れる


目視で接近を認識していても
遅れて警告されるのは

いつになっても慣れないし
心臓にわるい



旅行中に設定を変えて
なんとなく鳴る「音」に慣れた頃

駐車場にバックで入れると時々
急に変な音が鳴るようになった

ぶつけたような
ガリっというような嫌な音だ

もちろんバックしている時は
異常なほどの警告音が鳴る

車止めまで止めようとするが
あの金属音が嫌で手前でとめる


夫が駐車しても同じで
車や周囲も見たがわからず

”ブレーキパッドの減り”
という結論に至った


けれど

なる時とならない時があり
しばらく観察してみると

雨の日は鳴りやすい
ということがわかってきた

さらに
家の駐車場でだけだ と


そして

ある雨の日にまた鳴ったので
車から出て後ろを見ると

生垣の間から伸びて
駐車場に倒れ込んだ植物を発見


マンションの敷地内だが
雑草は良し と勝手に全部抜き

再度バックしてみると
何の問題もなく車止めに到着


おそらく

車が”もの”を察知して
安全ブレーキを作動させたのだ

そして

その作動したブレーキ音が
機械が擦れる嫌な音だったのだ


こういうことは
やってみないとわからないが

あまりあってほしくないものだ



最近の車は遮音性が良く
外の音がずいぶん聞こえにくい

救急車のサイレンまで
気づくのが遅れることもあって

静かすぎるのも
私には少し不安だ


最近 老眼が進んだのか
定かではないのだが

明らかに運転中は
車内のボタンの文字が見えない


運転中はコンタクトに
運転用のメガネをかけるので

必要な計器は見えてるし
メガネを外せば見えるから

多少不便はあったところで
まだ大丈夫なのだが

これでもって
音もなくなったら不安しかない


集中する時に使うイヤホンは
10年もののAirPods Pro

買い替えるのは勿体無くて
長年使っている愛用品

1時間位しか
持たないものの

性能のいい
”ノイキャン”がお気に入り

けれど
車のノイキャンは程々がいい



古い車に乗りすぎたのか

便利になったはずなのに
未だにそのギャップに戸惑う

視覚を補うために
私は音や他の感覚を使ってきた

そのため

自分が感じ取った危険に
突然大きな”音”が割り込むと

かえって

不要にブレーキを踏んだり
驚いてしまったりする

そして
それで疲れることもある


安全機能はありがたいし
将来助けてもらう日もあるだろう

けれど

なんでも車が
教えてくれるようになって

自分で感じ取ったりする感覚まで
鈍ってしまわないかちょっと心配

なんて思ってしまったり


AIの精密な制御と
人間の頼りにする感覚の鬩ぎ合い

もちろん
安全第一だが

車は
私の大事な「翼」だ

いつまでも心地よく
身を委ねられるものであってほしい

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