第一章 第四話 東日本大震災と次男の誕生

それから 生活は一変した


検査結果を受け入れると
本当は見えていなかったことに気づく

それが一つずつ増えていくたびに
一歩また一歩と闇に突き落とされる

負けまいと抗(あらが)うが
一向に気持ちは晴れない



その当時
1年生の娘と幼稚園の息子がいた

余計な心配をかけたくなかったので
目のことは伝えなかった

家族には理解して欲しかったが
大まかな症状を言うことが精一杯だった

自分の中で理解できていないことを
誰かに伝えることはできなかった


自分では気持ちを動かせなかったが
子供たちが感情を連れてくる

見えなくなった不満を言いたい
けれど誰にも言えない

自分の感情を
どう扱えばいいのか分からない


子供たちに生かされ
自分を見失いかけていた頃

諦めかけていた 3番目の子供を授かった


絶望の淵にいた私に届いた
神様からの贈り物だと思った


視界をなくした暗闇の中に
差し込んだ 新しい命の光

私はその光を抱きしめるように
日々の生活を送り始めた


次男の産後はなかなか体が戻らず
1ヶ月過ぎても安静を強いられていた

一方で気力は以前のように復活していたので
目について もう一度伯父に相談しようと思った


しかし 運命はそれを許さなかった

2011年3月11日 東日本大震災発生
あの揺れが 私と伯父を遠ざけてしまった



震災直後の計画停電や物資不足など
ただでさえままならなかった生活の中で

とにかく自分の生活を守るのが精一杯で
自分の目を気にする余裕はなかった

また 被災地にいる伯父を訪問するにも
交通が分断されていた

病院の復興 地域の復興
よそ者を入れる余裕などなかった



それからどのくらい経ったであろう
すでに次男が一歳を過ぎていた ある日

子供の工作を手伝っていた時のことだ 


細い竹の棒をいじっていた時
何かの拍子で手を離してしまった

すると その竹の棒が右目を直撃した


”パチッ”


軽い音と共に視界が歪んだ


竹の衝撃で右目のハードコンタクトレンズが
目の中で割れてしまったのだ


すぐに洗面所に行き 見える破片を急いで取った



幸い破片は大きく割れていて
なんとなく合わせると円になりそうだ

けれど不安が拭えない


私に世界を見せる 最後の命綱の右目だ

急いで破片を手に眼科に向かった



向かった先はコンタクトを処方してくれる眼科
そう 私の緑内障を指摘してくれた眼科だ



診察室に入り 先生に割れた破片を渡し
目を診てもらった


幸いにも破片は見つからなかった

見た範囲では大体は取れていた
もし残っているなら痛みがあるだろうし
細かいものは流れ出てくる とのこと


大事に至らず安心したのもひとときで
続けて

「ちゃんと緑内障の治療は受診しているか」
と聞かれた


「しようと思ったが、しなくていいと言われた」
と告げると

「すぐにしないと見えなくなるから
必ず治療をしなさい」

とものすごい勢いで捲(まく)し立てられて
点眼薬を一つ処方された



私は混乱した

伯父は治療しなくていいと言ったのに…


何が正しいのか 何が間違っているのか
頭の中で今までのことが走馬灯のように流れる

心臓がものすごい音を立てていて
自分を殴るかの如く痛いほどに打ち付けてくる

うまく息ができない



とにかく確認しないと……

視界が歪んでうまく見えない
周りの音もあるはずなのに聞こえない

やっとの思いで家に辿り着いたが
もう何も手につかない

まとわりつく子供さえ
邪魔なものにしか思えない


伯父が帰宅するであろう時間まで
何も手につかず

ひたすら時間が過ぎるのを待った

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