
診察室を出て
何も考えられずに座っていると
偶然 伯父の姿を見かけた
藁をも縋る思いで
急いで駆け寄り 診断の結果を確認した
何か重大なことが起きている
そんな予感に 気が気でなかった
「治療をしないといけないと思うけれど
どこで治療をすればいいだろうか」
けれど 伯父から帰ってきた言葉は
予想もしないものだった
「しなくていい」
何を言っているのか 理解ができなかった
私は再度 確認するように聞いた
「……何も治療をしなくてもいい、ということ?」
「しなくていい」
伯父は、ただそれだけを繰り返した
以前 コンタクトを作る際に診てもらった眼科で
緑内障を治療するようにと言われていた
今回その相談もしようと思っていたのに
治療をしなくていいと言われるなんて
けれど 伯父は大学病院で権威のある人だ
直接 主治医と話した上での判断なのだろう
聞きたいことは山ほどあったが
うまく回らない頭で
言いたいことを呑み込んで 私は帰宅した
夜 ふと横になった時に
診察室で見せられた写真の残像がよぎった
治療のことよりも
「見えない」という事実が 頭を離れない
網膜の写真を見せられ
「網膜剥離の手術を受けたような傷だ」と説明された
けれど 私には
どれが傷なのか 正直わからなかった
それがどうして
私の視界が欠けた原因となったのかということも
うまく理解が追いつかない
それから あの「視野検査」の結果
黒く塗りつぶされた
写真の中の私の世界
両目とも 黒い影があった
それは 両目とも視界が欠けているという証拠だ
特に左目は ほとんどが黒に染まっていた
「あんなに 黒いなんて」
言葉にならない不安が
夜の静粛とともに押し寄せる
目を閉じても
あの黒い影の形が残像となって消えない
目に強い痛みがあった記憶も
目に何かが入った記憶もない
心当たりが何一つないまま
「傷がある」と突きつけられた現実が
言われても悔しくてならなかった
どれくらい 時間が経っただろう
ベットの上で呆然としていたが
ふと「本当の見え方」を確認したくなった
今まで 自分の視界の広さなんて
意識したことなんて一度もなかった
私は覚悟を決めて 鏡の前に立った
まず 恐る恐る左目を隠してみる
右目は
見たいと思う範囲がキチンと見えた
少し欠損があると言われたが
あまりよくわからなかった
日常生活では気づかない程度だ
そして 少し安心し
今度は右目を隠した
……明らかに 違った
視界の右側半分が
うまく見えなかった
写真では時計の11時から7時位までの位置
240度位 真っ黒だった
本当に見えないのか?
確かめるように
左目で自分の鼻を見てみた
………
そこにあるはずの鼻が 見えない
光はあるのに 形がない
文字通りの「視界欠損」を
私は自ら証明してしまった
あまりの事実に 言葉を失った
「どうしよう」
と震えても
「どうしようもない」
と言われた言葉が 重くのしかかる
「いつの間にこんなことに……」
視野検査で
音だけが虚しく響いていたあの時間は
本当に 光が見えていなかったのだ
嫌というほど
「見えない」という事実を自覚させられた

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