
仕事が大好きで
結婚なんてしないし子育ても嫌
と思っていた私の周りには
同じような人が集まる
大学が美大だったこともあり
みんな好きなように生きている
だから
私から見ると
今でもみんなキラキラしている
好きなことをしているし
みんな自分に自信がある
そんな友人と比べて
自分はただの
病気持ちの主婦
どうしても
引け目を感じてしまった
そして
身内もみんな高収入
収入の額と
存在価値が比例するという
そんな物差しで見れば
長く土の中で生きていた私は
羽化するわけでもなく
ずっとモグラのように
突破口も見いだせず
ぐるぐる ぐるぐる回っていた
ジッとしていたわけでは
ないはずなのだが
成果が見えなければ
何もしていないように見える
彼らに言わせれば
私は「問題児」
根本的な価値観が違うので
もう仕方がないと思っている
だが しかし
何を言われたところで
もう大丈夫
出口も見えたし
やり方も少しずつわかってきた
そして
何よりも
体調がいいから
気分もいい
ときどき気持ちが
萎えてしまうこともあるけれど
這い上がる方法も
少しずつわかってきた
今思えば
出口を見つけられなかった頃は
体も
気持ちも
ずいぶん弱っていた
本当にもう這い上がれない
と思って
自暴自棄だったこともあった
どうしても 人と比べて
自信がなくなって
ひがみっぽくなったり
誰かにわかって欲しくて
必要以上に
話していたこともあったと思う
けれど
「大変だけどがんばってるね」
とか
「大丈夫だから
一緒にがんばろう」
とか
同じ目線で話せたり
何より
頑張りを認めてくれる人が
欲しかったのかもしれない
これから先は
少し遅れての出発だけれど
まだ時間はある
大器晩成型だとも
言われたこともある
気持ちも体も整った
あとは
どう形にしていくかだ
そして
ふと振り返ってみれば
引きこもっていた数年間
お金はたまらなかったけれど
ずっととなりには
子供達がいた
私の苦労も
情けないところも
良いところも悪いところも
全て
見ながら育っていった
そのせいなのか
いつのまにか
しっかりとした絆ができていた
久しぶりの北海道旅行は
長男と次男と
3人で出かけた
長男は高校2年生
次男は小学6年生
この話を知人にしたら
高校2年生男子が
母親との旅行に同伴するなんて
「ありえない」
と羨ましがられた
そんなものなのだろうか
うちでは
それが普通だった
けれど
その「普通」が
実はとてもありがたいことなのだと
その時少し気がついた
ところが
長男に言わせると
自分は半分ヘルパーなんだとか
うれしいような
情けないような
仕事人間には
なれなかったし
思い描いていたような
人生にもならなかった
けれど
看病もしたし
闘病もした
そして
子育てもした
人にはない経験も
たくさんした
だから わかること
だからこそ
できることもある
失ったと思っていた時間は
私に必要なものを
育てていた時間だったかもしれない
子供達との関係も
自分なりの考え方も
もう一度動き出すための力も
そう考えたら
少しくらい
遅くたっていい
焦らなくていい
だけど
動きたくて
うずうずしてきた
やっぱり
ちゃんと働きたい
そして
社会から必要とされたい
さて
ここから
もう一度はじめよう
