第三章 第七話 「化粧」が苦手

長く光線過敏症に悩まされるより
ずっと前から 肌は弱い方だった

「敏感肌用」と書いてあっても
ものによっては被れるし

可愛い下着もレースや化繊のものは
痒くなって使えなかった


基本的に”香料”があるものは
大概は肌に合わなかった

まぁ”化粧品の匂い”が
昔から苦手だったので

体自体が”その手のもの”を
拒否していたのかもしれない

そのせいもあってか
化粧品に興味をあまり持てなかった


そして

幸か不幸か 
肌は母譲りの地黒だったので

日頃は特に化粧をしなくても
あまり気にならなかった


そして瞼には少し色味があって
天然のアイラインもあったので

余計に「お化粧」をしていなかった

残念?ながら
そこも母譲りであった



そうして
 
”若い”ころはなんとなく
ほぼスッピンで済ませていられたが

光線過敏症を患ってから
少しずつ勝手が変わってきた


まず外出するときは 
必ず日焼け止めを塗る必要があった

そして 二重効果を狙って
”ファンデーション”も必要になった

それが主治医の先生からの提案だ


そうなるとファンデーションだけの
”能面”での外出は気が引けて

少しずつ色味を足すようになった


初めは簡単に
”軽くアイシャドウ”などと 

少しずつ”化粧”を始めた



そして 段々歳を重ね
仕事でも外出するようになり

アイシャドウもしっかりして
”アイライン”も引き始めた頃

いよいよ問題が深刻化してきた


すっかり化粧に慣れてきていたはずが

「左目が見えない」ということの
不便さがいよいよ出てきた


今まではなんとなく”サッサ”っと
適当にしていたからよかったが

塗る場所 
線を引く場所

細かいところまで
こだわり始めると

そうはいかなくなってきた


特にアイラインなんて

描きたいところに
綺麗にラインを引く

なんてことが難しかった


眉は昔から天然だったが
イジらずとも綺麗だと言われた

だからしっかりした
つながりそうな眉だったが

整える程度しかしたことがなかった

左右のバランスが見えないからだ


今までは眉毛に関して目を瞑れば
あとはなんとかなったのだが

いよいよ「お化粧」をしないと
いけなくなったから大変だ



実のところ
アイシャドウを塗ったところで

左右の違いも見えないし
その効果も見えてない


なんとなく「塗っている」
というところでOKとしていた

だから あくまでも薄づきだ

ところが
アイラインはそうはいかない


初めは何本もの綿棒で消しながら
悪戦苦闘を繰り返したものの

描き続けるうちに
筆先の感覚を覚えてきて

いつの間にか

筆の感触で「化粧をした」
ということがわかるようになった



そうなってくると
意外と怖いものなしだ

頭の中で自分の顔に
絵を描くイメージでできるようになる


この服にはこの色

完成前と後との差は
正直 見えていないのだが

最後に見て
「おかしくなければOK」

という落としどころで
厄介な「お化粧」をクリアしていった


もう少し若かったら
もっといろんな色を使って

きっちり”〇〇風”などと
こだわってお化粧したかもしれないが

そこまでおしゃれなタイプではないし
形より機能のタイプなので十分



私にとって
「お化粧」というのは

自分のため というよりも
人のため というところがあった


3人子供がいて 
そのうち男の子が2人

男の子のお母さんは
いつまでも若いイメージがあって

私も「一緒に出かけたい」
と思ってもらえるママでありたい

そう思って
日々頑張っているところがある


そして 外出や仕事先でも
一緒にいて気分が悪くならないよう

「出来ないババァ」
と人に思われないように

身だしなみとして

というのが一番の目的だ



55歳を過ぎた最近になって
アイラインを引くのをやめた

アイシャドウを使って
うまく代わりをこなす技を覚えた

そして 今では目を瞑っても
シッカリ思いのまま何でも塗れる


出来ないなら
出来ないなりに体ができてくる

いくつになっても
自分なりに 自分のいいように

化粧もアップデートしていくのだろう

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